2016年連続講座「朝鮮女性の歴史を辿って」 第2回


在日本朝鮮人人権協会 性差別撤廃部会2016年連続講座「朝鮮女性の歴史を辿って」

第2回  在日朝鮮女性たちの息吹をライティングから辿る

 

▼案内

朝鮮解放/日本敗戦後も続いた植民地主義の中で、在日朝鮮女性たちはどのように暮らし、何を考えながら生を紡いでいたのでしょうか。これまであまり知られてきませんでしたが、実は解放後の早い時期から女性たちは自らの思いを書き残していました。そのなかには1900年代に生まれた女性たちもいます。

曲折の多い日常を書き留めた日記、口では民族や女性の解放を唱えながら、家では何もしない夫を批判する投書、豚皮の行商を始めた20代後半女性の生活記録、50代になって生まれて初めて書いた手紙や詩など、その豊かなライティングの世界から、彼女たちの息吹を共に感じてみませんか?

◆日時 2016年5月17日(火)18:30~(20:30頃終了予定)

◆講師 宋恵媛(そん・へうぉん)さん(在日朝鮮人文学研究、比較文学研究)~(学術博士。著書に『「在日朝鮮人文学史」のために』(岩波書店)、『在日朝鮮女性作品集』全二巻(緑蔭書房))

 

▼内容の振り返り

当日の参加者は21名。参加者をジェンダー別でみると、女性17名(85%)、男性4名(15%)、年代別でみると20~30代18名(86%)、40~60代3名(14%)でした。

宋恵媛さんはまず「ジェンダー史解明の難しさ」として、1960年代当時でも在日朝鮮女性史の学問的価値を危ぶむ声があったり資料がなかったりしたことを挙げ、特に在日朝鮮女性の場合は、「祖国」分断と「在日社会」の分裂、根強い家族主義、女性民族団体の良妻賢母思想、ジェンダーギャップの大きな日本社会の影響など特有の条件があるため、常に「民族か女性か」の二者択一を迫られてきた、と話されました。

実際、1953年10月の女盟による「一般情勢と活動報告及び今後の方針」では、①祖国平和的統一独立、②祖国人民経済復旧闘争、③全同胞の生活権、基本的人権、民族教育を守る、に続き、4番目の方針として④女性の権利と児童の幸福(家庭の経済的生活的基礎の確保、女性が労働する権利、男性と同じ賃金を受ける権利、社会的・民族的差別なく公職に就く権利、産前産後等に十分な保健を受ける権利、知る権利、学ぶ権利、迫害を受けない権利、夫と子供たちへの愛情の権利を確保するため、託児所、幼稚園、無料治療所、社会教育費などを要求し、女性たちの権利を保障して人間として人間らしく生きられる社会を)が掲げられていたことが紹介されました。

続いて、在日朝鮮女性たちが残した文字資料や関連資料として、女性たちの手記、作文、日記、自伝、文学作品、子どもの学校作文などを紹介してくれました。外では祖国独立や革命を叫びながら家では何もしないどころか、酒ばかり飲んで暴力すらふるう男性活動家を批判する1950年代の新聞投書(朝鮮語)、帰国した息子に会いたい一心で祖国往来の自由を訴え署名活動を行ったことを綴った女盟活動家の1960年代の日記(朝鮮語)、統一を願って1960年代に書かれた詩(朝鮮語)、幼い頃から働き詰めで、男の子は学校へ行かせて女の子はなぜ行かせないのかと父に言ったことなどを振り返りながら、いま自分のことを書ける喜びを綴った1980年代の手記(日本語)など、本当に「在日朝鮮女性の息吹」が聞こえてくるような文章がたくさん紹介されました。ご関心のある方は、ぜひ宋恵媛さんが編集された『在日朝鮮女性作品集1945-1984』(緑陰書房、2014年)をご覧いただければと思います。

お話の後は、在日朝鮮女性たちが発していた子どもたちへのメッセージ、在日朝鮮女性の文字資料を調べる方法、女性たちによる男性批判の文章がみられなくなる時期などについて、質疑応答がなされました。

 

□■ 参加者の感想 ――――――――――*

◯実際に当時の女性が書いたものを読むことができ、その時々の率直な心情や時代を反映していて面白かったです。どうしても在日の歴史といえば権利を得るための闘争や差別が切り離せませんが、より声をあげにくい女性たちに焦点を当てるのはとても意義深いですし、一面的な見方を覆すような、多様な女性像を垣間見ることができました。(たくましかったり貧しかったりだけではない)

50年代の在日朝鮮人運動にみられるような状況が現在もつくられている中、現在においても、私たち在日朝鮮人女性自身がどのような言葉を紡いでいけるのか、また、拾っていけるのか、考えさせられました。

在日朝鮮人女性の今まで知ることができなかった生活や苦しさを改めて知ることができてよかったです。特に活動をしている人びとではなく、本当に一般の同胞女性の生き様を知れてとても興味深かったです。

◯祖母は常に「自分は学がない。学べたらもっと人生を自分の思いどおりに生きることができた」と言っています。二世として生まれ、「ちょうど」「タイミングよく」学べなかった80才、なかなか理解しづらかった祖母の息吹を垣間見ました。

◯今、ハルモニの聞き取りをして、少しずつ記録に残していこうと考えています。今日の話を聞いて、ハルモニが過去に書いた文などがないかも聞いてみようと思いました。