【エッセイ・私たちの声】「当事者」になることの「勇気」と意味


 社会の歴史の中で、二つに分割された「らしさ」には、さまざまな役割と目標が与えられてきた。近代をへた現代において、「男らしさ」の究極の目標は、日常において〈敵を駆逐〉して稼ぐことであり、ひいては戦場で〈敵を殺すことに〉、「女らしさ」のそれは、次代の労働力と兵士の再生産に、収斂されている。これは強い磁場をつくり、私(たち)を否応なく強く方向づける。

 もちろん、この究極目標は剥き出しには表現されない。半透明の薄皮で幾重にも覆われて、見えにくくされている。だから私(たち)は、「らしさ」の蜘蛛の巣に捕らえられた蛾のように、自由になろうともがきながらも、「らしさ」を重力にする権力関係に、意識/無意識的に順応しようとさえしてしまう。〈個人的なことは政治的なこと〉だからである。

 私の次「男」はLGBTの当事者である。ウリハッキョ(朝鮮学校)に通っていた「彼」のセクシャルアイデンティティは揺れ動いていた。運動会の舞踊では、女子パートを完璧に覚え、オンマの服をこっそり着たりした。それに気づいていながら、私たち夫婦はしかし、ハッキョを(いまも)強く支配している「らしさ」の原理を恐れた。「男らしく」ない「次男」は、ハッキョ的マッチョに染まりつくしていた長男から「キモイ」と罵られていた。そんな言葉が湧いて宙を舞う土壌と空気がハッキョにあることは否定できない。「らしくない」者への排除や同化の強要は、ハッキョでも例外ではない。日本社会のハッキョ差別と厳しい緊張関係にあることが、ハッキョの「らしさ」純度を高くするのか? だが、それが余計に「次男」を苦しめていた。

 「性同一性障害」という概念が社会で認知されだしていた初級部三年のとき、担任を家に呼び、「彼」はそれにあたるようなので、と配慮を頼んだ。だが、それが何らかの対策を家庭とハッキョに生み出したわけではなかった。

 結局私は、「次男」が、成長につれてヘテロへと「正常化」するかも知れない、まだわからない、と「彼」に正面から向き合うことから逃げていた。端的に言えば、「当事者」であることから脱走しようとしていたのだ。「次男」が、ハッキョ的マッチョ世界で、自分のセクシャリティを隠すほかなく、またそれを「異常」として自己嫌悪していたことをも卑怯な理由にして。カミングアウトは強制するものではない、と。

 大学までの民族教育時代、「次男」はトンム(友達)を泊りに呼んだことも、泊りに行ったこともなかった。これは「彼」がハッキョ時代をどう過ごしたかを雄弁に物語っている。

 「次男」は昨年の冬、恋人をえた。彼は揺れていたセクシャルアイデンティティをひとまずGとしてカミングアウトした。私と妻と次男とパートナーで食事をした。仲良く楽しそうな彼らを見ながら、私自身もLGBT「当事者」として生きることを、これまでを恥じながら、強く決心した。「らしさ」の権力関係を壊すことは、平和をつくることと同義なのだから。(高雄埴●著述業)

●月刊イオ2017年8月号に掲載

illustration_宋明樺


 しゃかいのれきしのなかで、ふたつに ぶんかつされた「らしさ」には、さまざまな やくわりともくひょうが あたえられてきた。きんだいをへた げんだいにおいて、「おとこらしさ」の きゅうきょくのもくひょうは、にちじょうにおいて〈てきを くちく〉して かせぐことであり、ひいては せんじょうで〈てきを ころす〉ことに、「おんならしさ」のそれは、じだいの ろうどうりょくと へいしの さいせいさんに、しゅうれんされている。これは つよいじばをつくり、わたし(たち)を いやおうなく つよくほうこうづける。

 もちろん、この きゅうきょくもくひょうは むきだしには ひょうげんされない。はんとうめいの うすかわで いくじゅうにも おおわれて、みえにくくされている。だから わたし(たち)は、「らしさ」の くものすに とらえられた がのように、じゆうになろうと もがきながらも、「らしさ」をじゅうりょくにする けんりょくかんけいに、 いしき/むいしきてきに じゅんのうしようとさえしてしまう。〈こじんてきなことは せいじてきなこと〉だからである。

 わたしの じ「なん」は LGBTのとうじしゃである。うりはっきょ(ちょうせんがっこう)にかよっていた「かれ」の せくしゃるあいでんてぃてぃは ゆれうごいていた。うんどうかいの ぶようでは、じょしぱーとを かんぺきにおぼえ、おんまの ふくを こっそりきたりした。それにきづいていながら、わたしたちふうふはしかし、はっきょを(いまも)つよく しはいしている「らしさ」の げんりを おそれた。「おとこらしく」ない「じなん」は、はっきょてき まっちょに そまりつくしていた ちょうなんから「きもい」と ののしられていた。そんなことばがわいて ちゅうをまう どじょうと くうきが はっきょにあることは ひていできない。「らしくない」ものへの はいじょや どうかのきょうようは、はっきょでも れいがいではない。にほんしゃかいの はっきょさべつと きびしい きんちょうかんけいにあることが、はっきょの「らしさ」じゅんどを たかくするのか? だが、それがよけいに「じなん」を くるしめていた。

 「せいどういつせいしょうがい」というがいねんが しゃかいで にんちされだしていた しょきゅうぶ さんねんのとき、たんにんを いえによび、「かれ」は それにあたるようなので、と はいりょをたのんだ。だが、それが なんらかのたいさくを かていとはっきょに うみだしたわけではなかった。

 けっきょく わたしは、「じなん」が、せいちょうにつれて へてろへと「せいじょうか」するかもしれない、まだわからない、と「かれ」に しょうめんからむきあうことから にげていた。たんてきにいえば、「とうじしゃ」であることから だっそうしようとしていたのだ。「じなん」が、はっきょてき まっちょせかいで、じぶんの せくしゃりてぃを かくすほかなく、またそれを「いじょう」として じこけんおしていたことをも ひきょうな りゆうにして。かみんぐあうとは きょうせいするものではない、と。

 だいがくまでの みんぞくきょういくじだい、「じなん」は とんむ(ともだち)を とまりによんだことも、とまりにいったこともなかった。これは「かれ」が はっきょじだいを どうすごしたかを ゆうべんに ものがたっている。

 「じなん」は さくねんのふゆ、こいびとをえた。かれは ゆれうごいていた せくしゃるあいでんてぃてぃを ひとまずGとして かみんぐあうとした。わたしと つまと じなんと ぱーとなーで しょくじをした。なかよく たのしそうな かれらをみながら、わたしじしんも LGBT「とうじしゃ」として いきることを、これまでを はじながら、つよくけっしんした。「らしさ」のけんりょくかんけいを こわすことは、へいわを つくることと どうぎなのだから。(こ・うんしく●ちょじゅつぎょう)

●げっかんいお2017ねん8がつごうにけいさい

illustration_そんみょんふぁ