【エッセイ・私たちの声】セクマイである自分を受け入れる方法


 あなたのセクシャリティ(どの性別を好きになるか)は何ですか?

 私は、男性も女性も、男女に分類されない性も恋愛対象になる「パンセクシャル」だ。はじめからそう自認していた訳ではなく、中学までは男性が好きだった。高校生の頃、親しい女性に特別な好意を抱き、それが友人への想いとは異なると自覚するも「おかしなこと」だと蓋をした。自分の性的指向を受け入れられるようになったのは、在日朝鮮人である自己を肯定していく中でのことだった。

 大学入学当初、私は通名を使っていた。先輩に誘われて参加した留学同(※)で、朝鮮名を名乗るべきだと指摘を受けた。差別や偏見に晒されることへの恐怖もあったが、朝鮮の歴史や自分を取り巻く社会について学んだ結果、民族的ルーツを明らかにし在日朝鮮人という存在を証明することが私のできる抵抗だと信じ、朝鮮名を名乗るようになった。そして在日朝鮮人問題や、日本と朝鮮半島の友好のためにできることはないかと考え、行動するようになった。それは在日朝鮮人という自分を一つひとつ肯定していく過程だった。

 運動に身を投じ、さまざまな矛盾から解き放たれていく中で、結婚して家に入るべきという固定観念からも解放され、どの性別を好きになるのかももっと自由でいいと捉えるようになった。「同性が好きなんておかしい」と差別を内在化していた自分からやっと解放されたのだ。

 電通ダイバーシティ・ラボの調査によると、日本人口の約7.6%、13人に1人がセクシャルマイノリティであるそうだが、自分はまだそれほど多くの当事者と出会えていない。かくいう私もごく親しい友人以外にはカミングアウトしていない。絶対にカミングアウトすべきとは思わないが、話したい相手にも打ち明けられないのは、やはり偏見が怖いからだ。朝鮮名を名乗ろうと勇気をくれた友人たちのように、セクシャリティについても共に語り行動できる仲間がいれば、もっと自信が持てるのではないかと考える。

 最近の悩みは、女で結婚もしていない私は、親族の集まりでの発言権が低いことだ。墓の継承についても、子どもがいないので発言権はないに等しい。家制度に執着はないが、朝鮮から日本に渡ってきた祖父母たちの歴史を私も繋いでいきたいのに。地域の同胞コミュニティでも同じ問題は起こっている。パートナーが同性の人、異性愛者でも結婚や子どもを育てるという選択をしない人、望んでいても叶わない人もいるだろう。「結婚して子どもを育ててこそ一人前」という価値観が強いなか、「異端者」はどう参加していけるのか、模索していきたい。

 自分を在日朝鮮人&セクシャルマイノリティと認識している人たちの交流会、「ポグムチャリver.2」というものが東京にあるそうだ。まだ参加できていないが、このような場があること自体が、遠い地で孤独に生きるセクシャルマイノリティであり朝鮮人である私に、生きる力を与えてくれる、まさに「心のよりどころ」だ。(K.S●女性)

●月刊イオ2017年12月号に掲載

illustration_宋明樺

 

※在日本朝鮮留学生同盟の略称。日本の大学・短大・専門学校に通う学生たちによる団体

「ポグムチャリver.2(在日朝鮮人セクシュアル・マイノリティ交流会)」の活動報告はこちら→http://dareiki.org/2017/03/10/wkpogumjari2-5-2/


 あなたの せくしゃりてぃ(どの せいべつを すきになるか)は なんですか?

 わたしは、だんせいも じょせいも、だんじょに ぶんるいされない せいも れんあいたいしょうになる 「ぱんせくしゃる」だ。はじめから そう じにんしていたわけではなく、ちゅうがくまでは だんせいが すきだった。こうこうせいのころ、したしい じょせいに とくべつな こういをいだき、それが ゆうじんへの おもいとは ことなると じかくするも「おかしいこと」だと ふたをした。じぶんの せいてきしこうを うけいれられるように なったのは、ざいにちちょうせんじんである じこを こうていしていく なかでのことだった。

 だいがくにゅうがくとうしょ、わたしは つうめいを つかっていた。せんぱいに さそわれて さんかした りゅうがくどう(※)で、ちょうせんめいを なのるべきだと してきを うけた。さべつや へんけんに さらされることへの きょうふもあったが、ちょうせんの れきしや じぶんを とりまく しゃかいについて まなんだ けっか、みんぞくてき るーつを あきらかにし ざいにちちょうせんじんという そんざいを しょうめいすることが わたしのできる ていこうだと しんじ、ちょうせんめいを なのるようになった。そして ざいにちちょうせんじんもんだいや、にほんと ちょうせんはんとうの ゆうこうのために できることはないかと かんがえ、こうどうするようになった。それは ざいにちちょうせんじんという じぶんを ひとつひとつ こうていしていく かていだった。

 うんどうに みをとうじ、さまざまな むじゅんから ときはなたれていく なかで、けっこんして いえに はいるべきという こていかんねんからも かいほうされ、どのせいべつを すきになるのかも もっと じゆうでいいと とらえるようになった。「どうせいが すきなんて おかしい」と さべつを ないざいかしていた じぶんから やっと かいほうされたのだ。

 でんつう だいばーしてぃ・らぼの ちょうさによると、にほんじんこうの やく7.6ぱーせんと、13にんにひとりが せくしゃるまいのりていで あるそうだが、じぶんはまだ それほどおおくの とうじしゃと であえていない。かくいうわたしも ごくしたしい ゆうじんいがいには かみんぐあうとしていない。ぜったいに かみんぐあうと すべきとは おもわないが、はなしたいあいてにも うちあけられないのは、やはり へんけんが こわいからだ。ちょうせんめいを なのろうと ゆうきをくれた ゆうじんたちのように、せくしゃりてぃに ついても ともに かたり こうどうできる なかまがいれば、もっと じしんが もてるのではないかと かんがえる。

 さいきんの なやみは、おんなで けっこんも していない わたしは、しんぞくの あつまりでの はつげんけんが ひくいことだ。はかの けいしょうについても、こどもがいないので はつげんけんは ないにひとしい。いえせいどに しゅうちゃくはないが、ちょうせんから にほんにわたってきた そふぼたちの れきしを わたしも つないでいきたいのに。ちいきの どうほうこみゅにてぃでも おなじもんだいは おこっている。ぱーとなーがどうせいのひと、いせいあいしゃでも けっこんや こどもをそだてるという せんたくをしないひと、のぞんでいても かなわないひとも いるだろう。「けっこんして こどもを そだててこそ いちにんまえ」という かちかんが つよいなか、「いたんしゃ」は どう さんかしていけるのか、もさくしていきたい。

 じぶんを ざいにちちょうせんじん あんど せくしゃるまいのりてぃと にんしきしている ひとたちの こうりゅうかい「ぽぐむちゃり ばーじょん2」というものが とうきょうに あるそうだ。まだ さんかできていないが、このような ばが あることじたいが、とおいちで こどくにいきる せくしゃるまいのりてぃであり ちょうせんじんである わたしに、いきるちからを あたえてくれる、まさに「こころの よりどころ」だ。(K.S●じょせい)

●げっかんいお2017ねん12がつごうにけいさい

illustration_そんみょんふぁ

 

(※)ざいにほんちょうせんりゅうがくせいどうめいの りゃくしょう。にほんの だいがく・たんだい・せんもんがっこうに かよう がくせいたちによる だんたい

「ぽぐむちゃり ばーじょん2(ざいにちちょうせんじん せくしゅある・まいのりてぃ こうりゅうかい)」の かつどうほうこくは こちら→http://dareiki.org/2017/03/10/wkpogumjari2-5-2/