1/30&2/6 出張授業@神奈川朝鮮中高級学校の報告


** ふたつめは かんじ なし **

 

2019年1月30日と2月6日にかけて、神奈川朝鮮中高級学校の中級部1・2・3年生および高級部1・2年生を対象に、「多様性について考えてみよう」のテーマで人権教育の出張授業を行いました。講師は李イスルさん、康仙華さん、宋恵淑さん、朴金優綺さんが務めました。

 

生徒たちが書いてくれた感想を読むたび、人権教育をこれからも継続していかなければ…!と強く思います。以下、生徒たちの感想文をご紹介し、簡単なご報告としたいと思います。

 

【中級部1・2・3年】

◆今日聞いたお話を他の人にもたくさん知らせて、この世界から性に関する差別がなくなればいいと思いました。

◆この世界にはたくさんの人がいて、みんなが必ず同じでなくても良いと思いました。

◆みんながみんな同じ考えや気持ちを持っているわけではないので、他人の考えを受け入れられる人になりたいと思いました。

◆セクシュアルマイノリティについて何も知らないのに、通学路でゲイの人を見たら気持ち悪いと感じていた自分が恥ずかしいと思いました。これからは友だちにゲイの人がいたら嫌わないようにします。

◆自分は自分らしく生きていかなければならないと思いました。

◆世界には様々な性格や個性を持った人たちがいるので、差別するのではなくすべて受け止めて仲良くすべきだと思いました。

◆オカマなどの言葉が差別用語だということに少し驚きました。理由は、テレビでも笑いのネタなどで使っていたり、学校でも誰もが使っているからです。しかし、今日の授業をう通じてこうした言葉は間違っているということに気付かされたし、外見で「これはこうだ」と決めてはいけないとわかりました。

 

【高級部1・2年】

◆セクシュアルマイノリティについて、以前はありえないという考えを持っていましたが、今日の授業を聞いて、人間にはいろんな性があるということを知ったし、セクシュアルマイノリティの人びとに対して見る目が変わりました。

◆自分と異なる意見や考え方を持つ人を理解し、受け入れることが、自分にとっても他人にとっても良いことだと感じた。

◆この授業を通じて、自分はこのままでいいんだなと気づけた。

◆依然からセクシュアルマイノリティの人びとについては知っていましたが、私たちが聞いたことのある「ホモ、オカマ」などが差別用語だとは知らなかった。自分が知らないところで誰かの心を傷つけていないだろうかと、少し不安になった。日本の社会では抵抗感を持っている人もいると思うので、セクシュアルマイノリティの人びとを助けてあげたい。

◆なぜか差別的な考えしかできなかったし、ちゃんと知ろうとしていなかったので、だいぶ考えが変わりました。

◆セクシュアルマイノリティについては深く関心があり、知っているつもりでした。けれど、友人や親に話すときの不安や心配など生の声を聞いて、たくさん悩みや苦しんだことも数え切れないほどあったんだなと改めて考えさせられました。

◆私たちが考えている「普通」が普通ではないということを知ったし、差別のない社会にしなければならないと感じました。

 

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2019ねん 1がつ 30にちと 2がつ 6にちに かけて、かながわ ちょうせん ちゅうこうきゅうがっこうの ちゅうきゅうぶ 1・2・3ねんせい および こうきゅうぶ1・2ねんせいを たいしょうに、「たようせいに ついて かんがえて みよう」の テーマで じんけんきょういくの しゅっちょうじゅぎょうを おこないました。こうしは りいするさん、かんそなさん、そんへすくさん、ぱくきむうぎさんが つとめました。

 

せいとたちが かいてくれた かんそうを よむたび、じんけん きょういくを これからも けいぞく していかなければ…!と つよく おもいます。いか、せいとたちの かんそうぶんを ごしょうかいし、かんたんな ごほうこくと したいと おもいます。

 

【ちゅうきゅうぶ 1・2・3ねん】

◆きょう きいた おはなしを ほかの ひとにも たくさん しらせて、この せかいから せいに かんする さべつが なくなれば いいと おもいました。

◆この せかいには たくさんの ひとが いて、みんなが かならず おなじで なくても よいと おもいました。

◆みんなが みんな おなじ かんがえや きもちを もっている わけでは ないので、たにんの かんがえを うけいれられる ひとに なりたいと おもいました。

◆セクシュアルマイノリティに ついて なにも しらないのに、つうがくろで ゲイのひとを みたら きもちわるいと かんじていた じぶんが はずかしいと おもいました。これからは ともだちに ゲイの ひとが いたら きらわないように します。

◆じぶんは じぶんらしく いきていかなければ ならないと おもいました。

◆せかいには さまざまな せいかくや こせいを もった ひとたちが いるので、さべつ するのでは なく すべて うけとめて なかよく すべきだと おもいました。

◆オカマなどの ことばが さべつようごだと いう ことに すこし おどろきました。りゆうは、テレビでも わらいの ネタなどで つかっていたり、がっこうでも だれもが つかっているからです。しかし、きょうの じゅぎょうを つうじて こうした ことばは まちがっていると いうことに きづかされたし、がいけんで 「これは こうだ」と きめては いけないと わかりました。

 

【こうきゅうぶ 1・2ねん】

 ◆セクシュアルマイノリティに ついて、いぜんは ありえないと いう かんがえを もっていましたが、きょうの じゅぎょうを きいて、にんげんには いろんな せいが あると いうことを しったし、セクシュアルマイノリティの ひとびとに たいして みる めが かわりました。

◆じぶんと ことなる いけんや かんがえかたを もつ ひとを りかいし、うけいれる ことが、じぶんに とっても たにんに とっても よい ことだと かんじた。

◆この じゅぎょうを つうじて、じぶんは このままで いいんだなと きづけた。

◆いぜんから セクシュアルマイノリティの ひとびとに ついては しっていましたが、わたしたちが きいたことの ある「ホモ、オカマ」などが さべつようご だとは しらなかった。じぶんが しらない ところで だれかの こころを きずつけて いないだろうかと、すこし ふあんに なった。にほんの しゃかいでは ていこうかんを もっている ひとも いると おもうので、セクシュアルマイノリティの ひとびとを たすけて あげたい。

◆なぜか さべつてきな かんがえしか できなかったし、ちゃんと しろうと していなかったので、だいぶ かんがえが かわりました。

◆セクシュアルマイノリティに ついては ふかく かんしんが あり、しっている つもりでした。けれど、ゆうじんや おやには なすときの ふあんや しんぱいなど なまの こえを きいて、たくさん なやみや くるしんだ ことも かぞえきれないほど あったんだなと あらためて かんがえさせられました。

◆わたしたちが かんがえている 「ふつう」が ふつうではないと いうことを しったし、さべつの ない しゃかいに しなければ ならないと かんじました。