2019年4.23アクション報告(映像あり)

** ふたつめは かんじ なし **

 

さる4月23日、5年目となる4.23アクションが、延べ120名の参加のもと行われました。

本年の4.23アクションは、朝鮮半島北部での調査を通じて「慰安婦」制度について研究されている金栄さんのお話と、世界中から集まった折り紙の蝶々による統一旗の披露の二本柱でした。

 

金栄さんのお話

 

 金栄さんは、「植民地遊郭から慰安所へ―朝鮮共和国調査から見えてきたこと」と題して、これまで不可視化されてきた共和国における日本軍性奴隷問題の現況についてお話しくださいました。朝鮮には「慰安婦」の申告者が219名存在すること、1992年1月、労働新聞上で初めて「慰安婦」問題が報じられたこと、同年5月3日に李京生ハルモニがテレビを通じて初めて証言をされたこと、同月24日に被害調査委員会(朝対委の前身)が結成されたことなどを紹介され、公開証言者には配給の優先や住宅修繕、医療の優遇などの政府支援がなされていることにも言及されました。咸興在住の郭金女ハルモニが晩年、平壌でがん治療を受けられていたこと、「苦難の行軍」で経済的に最も苦しかった時期にも被害者らへ優先的に配給が行われていたというお話が印象的でした。

 

 次に、5度にわたって赴かれた芳津、羅南、会寧等での調査について、現地の地図や実際に撮影された写真を多用してご報告くださいました。慰安所や軍施設等、当時の建物や跡地が残存しており、特に羅南の美輪之里遊郭は、1908年時点において日本軍が朝鮮半島のかなり北部にまで進駐していた事実を示しているとのことでした。また、芳津という貧困地域に慰安所が建設された点、会寧という歴史ある町において朝鮮人を「地図の余白」に追いやる形で植民地都市が形成された点について言及され、これらがいかに日本人のためのものであったかということを指摘されました。会寧の地図調査から遊郭経営者の子孫を探し当てたところ、当時その遊郭で働いていた妓生の写真が残されていただけでなく、その方の証言に遊郭が慰安所化していく過程が示唆されていたことも注目すべきだと思いました。

 

 金栄さんは、これらの事例が、日本式の公娼制度が日本軍に伴って朝鮮半島に移植され、当初から慰安所の原型としての役割を果たしていることを示す、あるいは遊郭のあり方が時期や場所によって変化しているのだと指摘されました。また、「慰安婦」か「娼妓(売春婦)」かの区別が被害者を分断してはならず、「慰安婦」制度も公娼制度も同じ「性奴隷制度」としてとらえ直してみる必要があると強調されました。最後に、朝鮮においても日本軍性奴隷制を糾弾する新聞記事が多数発表されていること、「慰安婦」被害者個人のトラウマが、朝鮮人の、女性のトラウマとして集合化するという点に触れられながら、すなわちこの問題を私たち自身の問題として解決していかなければならないといってお話を締めくくられました。

 

統一旗の披露

 

 次に、日本軍性奴隷問題の克服と朝鮮半島の統一への願いを込めた統一旗が披露されました。この統一旗は、世界中から集められたメッセージ付きの折り紙の蝶々で作成されました。朝鮮半島部分だけでなく、その周りも蝶々で埋めることによって、世界中に暮らす朝鮮人の思いを込めた統一旗として表現されました。メッセージは、各地の在日同胞、朝鮮学校の生徒、日本の市民だけでなく、ハワイ、ソウル、平壌からも届けられ、その総数は2,567枚に達しました。

 

 統一旗の披露に先立って、賛同者の方々からのメッセージ動画が公開されました。裵奉奇ハルモニの晩年に寄り添われた沖縄の金賢玉、金洙燮さんも、「南北朝鮮が良い環境にあることを、裵奉奇ハルモニが生きていたら本当に喜んだと思います」「私たちも皆さんと一緒に、一戦士として頑張るつもりです」とメッセージを寄せてくださいました。

 統一旗の覆いが外されると、会場からは大きな拍手が起こりました。その後来場者は、思い思いに統一旗をカメラに収めたり、蝶々に書かれたメッセージを読んだりしていました。

 

4.23アクションを通じて感じた、共和国の、南朝鮮の、全国の同胞の、そして世界中の市民の連帯を胸に、これからも日本軍性奴隷制の解決と朝鮮半島の統一に向けてたたかっていきましょう!

 

■□当日の感想□■

 

【お話の感想】

 

◆現地調査を通じて語られた当時の状況、施設がそのまま残っていることがとても印象に残った。兵站基地として、徹底的に植民地化されていた状況が浮かび上がってきており、そのような場所で「慰安婦」として働かざるを得なかったハルモニ方の恨を、絶対に忘れずに継承していかなければならないということを、強く感じた。

 

◆大変緻密な調査に基づいた詳細なご報告でありながらも、わかりやすく聞きやすいご講演でした。朝鮮が分断されているがゆえに、明らかにすることが難しい真相究明調査に尽力してこられた金栄さんの取り組み自身が、分断を克服し、植民地支配からの真の解放を目指す歴史的な位置を持つものだと確信しました。トラウマの克服を次世代が担うことでしか、植民地朝鮮でなされた日本軍性奴隷問題を解決できないと強く思いました。

 

◆裵奉奇さんのことを伝えていこうというアクションは素敵だと思う。裵奉奇さんのことを伝えていくことに南北分断の影が大きいことをもっと理解しなければならないと感じた。裵さんの姿にアジアの女性たちの苦しみをみる思いがする。

 

◆なにげなく行ったイベントだったが、胸が痛んだ。この人々のために何かできないかと本気で思った。

 

【映像の感想】

 

◆裵奉奇ハルモニと交流のあった金賢玉さん方のインタビューが聞けてよかったです。

◆映像を見ていて、涙が出ました。

◆泣きそうになった

 

【統一旗の感想】

 

◆素晴らしいです。いろんなところで披露してほしいです。

◆心がこもっており、絆が伝わってきて感動的でした。ハルモニの人生体験を人同士がつないで伝えていくことの大切さを学べました。

◆様々な色の蝶が共存している様子が表されている。朝鮮だけでなく、世界中の人々の共感を呼ぶデザインだと思う。

◆想像を超えるような、素晴らしい統一旗で感動しました。

◆統一時代のセセデの人々や社会的弱者の声がだんだんと実現している今日の時代の可能性を感じました。

◆大変素晴らしいもので、驚きました。

◆感無量でした。制作に尽力された事務局のみなさまに敬意を表します。

◆2,000人以上もの人がメッセージと蝶を送っていることから、多くの人の想いが社会的に隠されていることを知りました。

 

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さる 4がつ 23にち、5ねんめと なる 4.23アクションが、のべ 120めいの さんかの もと おこなわれました。

ほんねんの 4.23アクションは、ちょうせんはんとう ほくぶでの ちょうさを つうじて 「いあんふ」せいどに ついて けんきゅう されている きむよんさんの おはなしと、せかいじゅうから あつまった おりがみの ちょうちょうに よる とういつきの ひろうの にほんばしらでした。

 

きむよんさんの おはなし

 

 きむよんさんは、「しょくみんち ゆうかくから いあんじょへ―ちょうせん きょうわこく ちょうさから みえてきたこと」と だいして、これまで ふかしか されてきた きょうわこくに おける にほんぐん せいどれいせい もんだいの げんきょうに ついて おはなし くださいました。ちょうせんには 「いあんふ」の しんこくしゃが 219めい そんざいすること、1992ねん 1がつ、ろうどうしんぶん じょうで はじめて 「いあんふ」もんだいが ほうじられた こと、どうねん 5がつ 3にちに りきょんせん ハルモニが テレビを つうじて はじめて しょうげんを されたこと、どうげつ 24にちに ひがいちょうさ いいんかい(ちょうたいいの ぜんしん)が けっせい されたこと などを しょうかい され、こうかい しょうげんしゃには はいきゅうの ゆうせんや じゅうたく しゅうぜん、いりょうの ゆうぐう などの せいふしえんが なされていることにも げんきゅう されました。はむん ざいじゅうの くぁくくむにょ ハルモニが ばんねん、ぴょんやんで がんちりょうを うけられていたこと、「くなんの こうぐん」で けいざいてきに もっとも くるしかった じきにも ひがいしゃらへ ゆうせんてきに はいきゅうが おこなわれていた という おはなしが いんしょうてきでした。

 

 つぎに、5どに わたって おもむかれた ぱんじん、らなん、ふぇにょん などでの ちょうさに ついて、げんちの ちずや じっさいに さつえい された しゃしんを たようして ごほうこく くださいました。いあんじょや ぐんしせつなど、とうじの たてものや あとちが ざんぞん しており、とくに らなんの みのわのさとゆうかくは、1908ねんじてんに おいて にほんぐんが ちょうせんはんとうの かなり ほくぶにまで しんちゅう していた じじつを しめしているとの ことでした。また、ぱんじん という ひんこんちいきに いあんじょが けんせつされた てん、ふぇにょんと いう れきし ある まちに おいて ちょうせんじんを 「ちずの よはく」に おいやる かたちで しょくみんちとしが けいせいされた てんに ついて げんきゅうされ、これらが いかに にほんじんの ための ものであったか ということを してきされました。ふぇにょんの ちずちょうさから ゆうかく けいえいしゃの しそんを さがしあてたところ、とうじ その ゆうかくで はたらいていた きーせんの しゃしんが のこされていた だけでなく、そのかたの しょうげんに ゆうかくが いあんじょか していく かていが しさされていたことも ちゅうもく すべきだと おもいました。

 

 きむよんさんは、これらの じれいが、にほんしきの こうしょうせいどが にほんぐんに ともなって ちょうせんはんとうに いしょくされ、とうしょから いあんじょの げんけいと しての やくわりを はたしていることを しめす、あるいは ゆうかくの ありかたが じきや ばしょに よって へんか しているのだと してき されました。また、「いあんふ」か「しょうぎ(ばいしゅんふ)」かの くべつが ひがいしゃを ぶんだん してはならず、「いあんふ」せいども こうしょうせいども おなじ「せいどれいせいど」として とらえなおしてみる ひつようが あると きょうちょうされました。さいごに、ちょうせんに おいても にほんぐんせいどれいせいを きゅうだんする しんぶんきじが たすう はっぴょう されていること、「いあんふ」ひがいしゃ こじんの トラウマが、ちょうせんじんの、じょせいの トラウマとして しゅうごうか するという てんに ふれられながら、すなわち この もんだいを わたしたち じしんの もんだいとして かいけつ していかなければ ならない といって おはなしを しめくくられました。

 

とういつきの ひろう

 

 つぎに、にほんぐん せいどれいもんだいの こくふくと ちょうせんはんとうの とういつへの ねがいを こめた とういつきが ひろう されました。この とういつきは、せかいじゅうから あつめられた メッセージつきの おりがみの ちょうちょうで さくせい されました。ちょうせんはんとう ぶぶんだけでなく、そのまわりも ちょうちょうで うめることに よって、せかいじゅうに くらす ちょうせんじんの おもいを こめた とういつきとして ひょうげんされました。メッセージは、かくちの ざいにちどうほう、ちょうせんがっこうの せいと、にほんの しみんだけでなく、ハワイ、ソウル、ピョンヤンからも とどけられ、その そうすうは 2,567まいに たっしました。

 

 とういつきの ひろうに さきだって、さんどうしゃの かたがたからの メッセージどうがが こうかい されました。ぺぽんぎ ハルモニの ばんねんに よりそわれた おきなわの きむひょのく、きむすそぷさんも、「なんぼく ちょうせんが よい かんきょうに あることを、ぺぽんぎ ハルモニが いきていたら ほんとうに よろこんだと  おもいます」「わたしたちも みなさんと いっしょに、いちせんしとして がんばる つもりです」と メッセージを よせてくださいました。

 とういつきの おおいが はずされると、かいじょうからは おおきな はくしゅが おこりました。そのご らいじょうしゃは、おもいおもいに とういつきを カメラに おさめたり、ちょうちょうに かかれた メッセージを よんだり していました。

 

4.23アクションを つうじてかんじた、きょうわこくの、みなみちょうせんの、ぜんこくの どうほうの、そして せかいじゅうの しみんの れんたいを むねに、これからも にほんぐんせいどれいもんだいの かいけつと ちょうせんはんとうの とういつに むけて たたかって いきましょう!

 

■□とうじつの かんそう□■

 

【おはなしの かんそう】

 

◆げんちちょうさを つうじて かたられた とうじの じょうきょう、しせつが そのまま のこっている ことが とても いんしょうに のこった。へいたんきちとして、てっていてきに しょくみんちか されていた じょうきょうが うかびあがってきており、そのような ばしょで 「いあんふ」として はたらかざるを えなかった ハルモニがたの うらみを、ぜったいに わすれずに けいしょう していかなければ ならないと いうことを、つよく かんじた。

 

◆たいへん ちみつな ちょうさに もとづいた しょうさいな ごほうこくで ありながらも、わかりやすく ききやすい ごこうえんでした。ちょうせんが ぶんだん されているがゆえに、あきらかに することが むずかしい しんそうきゅうめい ちょうさに じんりょく してこられた きむよんさんの とりくみじしんが、ぶんだんを こくふくし、しょくみんちしはいからの しんの かいほうを めざす れきしてきな いちを もつ ものだと かくしん しました。トラウマの こくふくを じせだいが になう ことでしか、しょくみんち ちょうせんで なされた にほんぐん せいどれいもんだいを かいけつ できないと つよく おもいました。

 

◆ぺぽんぎさんの ことを つたえていこうと いう アクションは すてきだと おもう。ぺぽんぎさんの ことを つたえていくことに なんぼくぶんだんの かげが おおきい ことを もっと りかい しなければ ならないと かんじた。ぺさんの すがたに アジアの じょせいたちの くるしみを みる おもいが する。

 

◆なにげなく いった イベントだったが、むねが いたんだ。この ひとびとの ために なにか できないかと ほんきで おもった。

 

【えいぞうの かんそう】

 

◆ぺぽんぎハルモニと こうりゅうの あった きむひょのくさんがたの インタビューが きけて よかったです。

◆えいぞうを みていて、なみだが でました。

◆なきそうに なった

 

【とういつきのかんそう】

 

◆すばらしいです。いろんな ところで ひろう してほしいです。

◆こころが こもっており、きずなが つたわってきて かんどうてきでした。ハルモニの じんせいたいけんを ひとどうしが つないで つたえていくことの たいせつさを まなべました。

◆さまざまな いろの ちょうが きょうぞん している ようすが あらわされている。ちょうせん だけでなく、せかいじゅうの ひとびとの きょうかんを よぶ デザインだと おもう。

◆そうぞうを こえるような、すばらしい とういつきで かんどうしました。

◆とういつじだいの セセデの ひとびとや しゃかいてきじゃくしゃの こえが だんだんと じつげん している きょうの じだいの かのうせいを かんじました。

◆たいへん すばらしいもので、おどろきました。

◆かんむりょうでした。せいさくに じんりょく された じむきょくの みなさまに けいいを ひょうします。

◆2,000にん いじょうもの ひとが メッセージと ちょうを おくっていることから、おおくの ひとの おもいが しゃかいてきに かくされていることを しりました。