6/29 出張授業@埼玉朝鮮初中級学校の報告 [多様性について考えてみよう]


** ふたつめは かんじ なし **

性差別撤廃部会では2019年6月29日(土)、埼玉朝鮮初中級学校の中級部1~3年生を対象に人権教育の出張授業を行いました。

授業のテーマは「多様性について考えてみよう」。

講師は康仙華さん、李イスルさん、宋恵淑さんが務めました。

中級部生への授業は、今年1月の千葉初中、2月の神奈川朝中に続き、3回目(3校目)でした。

どの学年のどの生徒もとても熱心に授業をうけていたのが印象的でした。特に少し前まで初級部だった中1では、わからない単語などがあるとその意味を質問するなどして、積極的に授業に参加していました。

以下、生徒たちが書いてくれた感想をいくつかご紹介します。

◆“普通”ではないという世間からの基準によって自分がセクシュアルマイノリティであることを言いたくても言えない世界になっていることがいけないと感じたし、未だに否定的な意見が多いことはいけないと感じました。

◆これまでは特に大きく考えていなかったし関心も寄せていなかったけれども、どう考えるかというのは人によって違うということを知りました。反対に応援してみたいと感じるようになりました。

◆少し偏見を持っていたと思います。ですが映像をみて、こういう人たちに偏見を持ったり差別をするのは間違っていると思いました。また、もしそのような偏見を持っていたら、私達が私達に対する差別を肯定しているかのように考えられてしまうので、気をつけなければならないと感じました。

◆私が好きなユーチューバーが性同一性障害なので、今日の授業で具体的に学ぶことができてよかった。

◆今まで母にも同じことを言われてきたが、その意味をもっと深くわかれた気がする。男だから女だからという考えが必ずしも合っているわけではないと思った。

◆ゲイ、ホモ、オカマなどの言葉を聞いた時、ただ見ぬふりをするのではなく、その言葉をかんたんに言っていることに対して、ちゃんと批判する目を持たなくてはならないと思いました。

◆セクシュアルマイノリティの人たちは隠すのも打ち明けるのもたいへんで、私達よりも色々な苦労をしているなと思いました。

◆セクシュアルマイノリティの人たちはわたしたちが傷つくと気づいていない言葉で傷つくかもしれないので気をつけよう。

◆また授業をうけてセクシュアルマイノリティについて深く知りたいと思いました。

 


 

せいさべつてっぱいぶかいでは 2019ねん 6がつ 29にち、さいたま ちょうせん しょちゅうきゅうがっこうの ちゅうきゅうぶ 1~3ねんせいを たいしょうに じんけんきょういくの しゅっちょうじゅぎょうを おこないました。

じゅぎょうの テーマは 「たようせいに ついて かんがえてみよう」。

こうしは かんそなさん、りいするさん、そんへすくさんが つとめました。

ちゅうきゅうぶせいへの じゅぎょうは、ことし 1がつの ちばしょちゅう、2がつの かながわちょうちゅうに つづき、3かいめ(3こうめ)でした。

どの がくねんの どの せいとも とても ねっしんに じゅぎょうを うけていたのが いんしょうてき でした。とくに すこしまえまで しょきゅうぶだった ちゅういちでは、わからない たんごなどが あると その いみを しつもんする などして、せっきょくてきに じゅぎょうに さんかしていました。

いか、せいとたちが かいてくれた かんそうを いくつか ごしょうかい します。

◆“ふつう”ではないと いう せけんからの きじゅんに よって じぶんが セクシュアルマイノリティ であることを いいたくても いえない せかいに なっていることが いけないと かんじたし、いまだに ひていてきな いけんが おおい ことは いけないと かんじました。

◆これまでは とくに おおきく かんがえて いなかったし かんしんも よせて いなかったけれども、どう かんがえるか というのは ひとによって ちがうと いうことを しりました。はんたいに おうえんしてみたいと かんじる ように なりました。

◆すこし へんけんを もっていたと おもいます。ですが えいぞうを みて、こういう ひとたちに へんけんを もったり さべつを するのは まちがっていると おもいました。また、もし そのような へんけんを もっていたら、わたしたちが わたしたちに たいする さべつを こうてい しているかの ように かんがえられてしまうので、きを つけなければ ならないと かんじました。

◆わたしが すきな ユーチューバーが せいどういつせいしょうがいなので、きょうのじゅぎょうで ぐたいてきに まなぶことが できて よかった。

◆いままで ははにも おなじことを いわれてきたが、その いみを もっと ふかくわかれた きがする。おとこだから おんなだからと いう かんがえが かならずしも あっているわけでは ないと おもった。

◆ゲイ、ホモ、オカマなどの ことばを きいたとき、ただ みぬふりを するのではなく、その ことばを かんたんに いっていることに たいして、ちゃんと ひはんする めを もたなくてはならないと おもいました。

◆セクシュアルマイノリティの ひとたちは かくすのも うちあけるのも たいへんで、わたしたちよりも いろいろな くろうを しているなと おもいました。

◆セクシュアルマイノリティの ひとたちは わたしたちが きずつくと きづいていない ことばで きずつくかも しれないので きをつけよう。

◆また じゅぎょうを うけて セクシュアルマイノリティに ついて ふかく しりたいと おもいました。