12/12-13 出張授業@広島朝鮮幼中高級学校の報告 [多様性について考えてみよう]


** したのほうに ふりがないりの ぶんしょうが あります **

【広島の #朝鮮学校 で #性の多様性 に関する授業を実施しました!】

2019年12月12~13日、#広島朝鮮幼初中高級学校 の中級部1~3年生と高級部1~3年生を対象に「#多様性 について考えてみよう」というテーマで #人権教育 の #出張授業 を行いました。講師は宋恵淑が務めました。

以下、生徒たちの感想文をご紹介することで簡単なご報告としたいと思います。

【中級部1・2・3年生】

◆テレビで「ホモ」や「オカマ」という差別用語を聞くのでそういう部分でまだこの社会は「人の有りよう」に関して偏見と差別があるのだととても深く感じました。また、「差異」を互いが尊重すれば豊かで多様な社会になると感じました。

◆インターネットなど生活のなかで #セクシュアルマイノリティ に関しては悪いもので、そういう人たちがいたらみんなに合わせて自分の心の中にも差別の感情が出ていたのだと感じました。

◆もし身近な人からセクシュアル・マイノリティであると打ち明けられたら、「そんなんだね」と話をちゃんと聞いてあげてその相手の「助け」になる存在になりたい。なぜなら、その相手は私を信じて言ってくれたのだし、言うまでとても不安だったと思うので、セクシュアル・マイノリティについて勉強して「助け」になれるようにがんばりたい。

◆今回の授業を通して、セクシュアル・マイノリティの当事者に対していつものように接するのがいいということと、自分がかける言葉が相手の人生を左右することになるかもしれないとわかったのでよく考えて言葉をかけなければならないと感じました。

◆自分がいままで差別をしてきたのだとわかった。

◆これから色んなひととの出会いのなかでセクシュアル・マイノリティの人に会ったら支えになれるような存在になりたいと思った。

◆これまではセクシュアル・マイノリティのひとたちを「一般的な普通の人」たちとは違う考えをもった人としてみていました。ですが映像や授業を通して人は「ちがい」をもっているのは当たり前のことでもっていることが個性だと思いました。好きな科目、食べ物が違うように人それぞれちがうのが当然のことだとわかりました。ひとそれぞれの差異を素直に受け入れる社会になればいいと思いました。

◆最初は気持ち悪いと思っていましたがこうした学習をすることで理解ができた。今では同じ性同士結婚できる国もありますが日本は差別が多いので今後差別のない社会になってほしい。

◆なんの考えもなしに「ホモ」や「オカマ」などつかって言葉にしていたので、気をつけようと思いました。

【高級部1・2・3年生】

◆自分のバイト先にもセクシュアル・マイノリティの人がいて別に悪い印象はなくそういう人だからといって近くに行かないなど考えずむしろもっと仲良くなりたいという気持ちを持っていました。映像をみてはじめてトランスジェンダーという性を具体的にひとつの知識として知ることができました。人と人が違うのは当然なことで自分たちも差別を受けている者としてそのちがいというものを尊重して受け入れることが重要で、この社会に必要なものだと考えました。

◆セクシュアル・マイノリティの人たちについては携帯電話などを通してある程度知っていたし、世の中は人によって違うしその人自身がよければよいと思っていたので抵抗はありませんでした。ですが、今回の授業で「ホモ」「レズ」などの言葉は差別になるということを聞き、はじめて知ったし、気をつけなければと思いました。

◆これまではセクシュアル・マイノリティの人たちを批判などはしていませんでしたが、普通とは違うという考えでしたが、普通の性別のようなものはなく、人それぞれ違うしセクシュアル・マイノリティたちは本当にたくさん悩んでいるということを知った。また、差別用語を普通に使っていたので、自分はなんの考えもなしに使っていても言われた人にとっては苦悩の種になると知ったのでこれからは気をつけようと思った。

◆セクシュアル・マイノリティの人にも色々な種類のひとたちがおり、その人達がこれまで社会になかったなにかを発展させられるのではないかと感じました。

◆もし近くに当事者がいたら、寄り添える存在になりたいと感じました。

◆これまでは軽い気持ちで「おまえゲイだろ」「ホモかよ」などの言葉を冗談として無意識的に言ってしまっていましたが、授業を通して自分が毎日接している友達のなかにもそういった悩みを抱えている人がいるかもしれないと思うと、そういう無意識的に言ってしまう癖をなおさなければいけないし、他人がどう感じどう受け止めるかを考えながら話さなければならないと感じました。

◆これまではセクシュアル・マイノリティのひとたちは自分の性を隠して自分の性をコンプレックスに感じている人が多いのではないかと思っていましたが、そのなかでも映像の人たちのように友達や家族に言ったり自信をもって生きている人もいるということがわかった。やはり周りにいる友達や家族の協力がとても重要だということがわかった。

◆これまでは自分がみる見た目だけで自分のなかでこの人は男だ、女だと勝手に決めていましたが、本当に悩んでいる人もいるのでそういうのはよくないとわかりました。

◆これまでSNS上で性差別に関することはみたことがありましたが、あまり深く考えたことがなかったので今日こうして知ることができ良かったです。性にたいする苦悩をもった人たちに対するいじめや、自殺の比率が高くまだ偏見があるという現実を変えたいと感じました。

◆言葉は聞いたことはあるけれど、わからないことがたくさんあったので今日授業を受けることができて本当に良かったです。今回は性に関して授業を受けましたが、これ以外にも差別は多くあると思いますし、私たちが受けている差別もまさしくそのひとつだと思います。色々な差別に対してもっと知り、知識を増やして行動するようにしたいと思います。

◆多様性をもつ人たちにたいしての偏見、それによる差別があるということを聞き心が痛かったですし、自分はそうしてないかを確認するようになりました。今後もこういう学習をしたいと思いました。

◆世間一般的な「普通」にとらわれずに、一人ひとりちがうっていうことを認識していこうと思いました。

◆セクシュアル・マイノリティの人を周りの人達がどう受け入れるかが大事だし、その人の力になって一緒に悩みを解決することが大切だと思いました。

◆自分たちが受けている差別とはちがった差別を受けているLGBTの人たちへの理解がもっと広がらなければいけないと思った。

◆多くのことを知ることができたし、自身を振り返ることができました。今後そうした差別のない社会になればいいと思います。人間は性別に関係なく、その人をよく見なければならないと感じました。

◆この授業を通じ、自分は思ったよりもセクシュアル・マイノリティの人に対して偏見を持っていたと気づき、それなのに差別がない社会を作ろうとしていたのは間違っていると思いました。

#だれいき #だれもがいきいきと生きられる社会のために #性差別撤廃部会 #在日本朝鮮人人権協会 #フェミニズム #クィア #ジェンダー #セクシュアリティ #ウリハッキョ


【広島(ひろしま)の #朝鮮(ちょうせん)学校(がっこう) で #性(せい)の多様性(たようせい) に関する(かんする)授業(じゅぎょう)を実施(じっし)しました!】

2019年(ねん)12月(がつ)12~13日(にち)、#広島(ひろしま)朝鮮(ちょうせん)幼(よう)初中高級(しょちゅうこうきゅう)学校(がっこう) の中級(ちゅうきゅう)部(ぶ)1~3年生(ねんせい)と高級(こうきゅう)部(ぶ)1~3年生(ねんせい)を対象(たいしょう)に「#多様性(たようせい) について考え(かんがえ)てみよう」というテーマで #人権(じんけん)教育(きょういく) の #出張(しゅっちょう)授業(じゅぎょう) を行い(おこない)ました。講師(こうし)は宋恵淑(そんへすく)が務め(つとめ)ました。

以下(いか)、生徒(せいと)たちの感想文(かんそうぶん)をご紹介(ごしょうかい)することで簡単(かんたん)なご報告(ごほうこく)としたいと思い(おもい)ます。

【中級(ちゅうきゅう)部(ぶ)1・2・3年生(ねんせい)】

◆テレビで「ホモ」や「オカマ」という差別(さべつ)用語(ようご)を聞く(きく)のでそういう部分(ぶぶん)でまだこの社会(しゃかい)は「人(ひと)の有りよう(ありよう)」に関し(かんし)て偏見(へんけん)と差別(さべつ)があるのだととても深く(ふかく)感じ(かんじ)ました。また、「差異(さい)」を互い(たがい)が尊重(そんちょう)すれば豊か(ゆたか)で多様(たよう)な社会(しゃかい)になると感じ(かんじ)ました。

◆インターネットなど生活(せいかつ)のなかで #セクシュアルマイノリティ に関し(かんし)ては悪い(わるい)もので、そういう人(ひと)たちがいたらみんなに合わせ(あわせ)て自分(じぶん)の心(こころ)の中(なか)にも差別(さべつ)の感情(かんじょう)が出(で)ていたのだと感じ(かんじ)ました。

◆もし身近(みぢか)な人(ひと)からセクシュアル・マイノリティであると打ち明け(うちあけ)られたら、「そんなんだね」と話(はなし)をちゃんと聞い(きい)てあげてその相手(あいて)の「助け(たすけ)」になる存在(そんざい)になりたい。なぜなら、その相手(あいて)は私(わたし)を信じ(しんじ)て言っ(いっ)てくれたのだし、言う(いう)までとても不安(ふあん)だったと思う(おもう)ので、セクシュアル・マイノリティについて勉強(べんきょう)して「助け(たすけ)」になれるようにがんばりたい。

◆今回(こんかい)の授業(じゅぎょう)を通し(とおし)て、セクシュアル・マイノリティの当事者(とうじしゃ)に対し(たいし)ていつものように接する(せっする)のがいいということと、自分(じぶん)がかける言葉(ことば)が相手(あいて)の人生(じんせい)を左右(さゆう)することになるかもしれないとわかったのでよく考え(かんがえ)て言葉(ことば)をかけなければならないと感じ(かんじ)ました。

◆自分(じぶん)がいままで差別(さべつ)をしてきたのだとわかった。

◆これから色んな(いろんな)ひととの出会い(であい)のなかでセクシュアル・マイノリティの人(ひと)に会っ(あっ)たら支え(ささえ)になれるような存在(そんざい)になりたいと思っ(おもっ)た。

◆これまではセクシュアル・マイノリティのひとたちを「一般的(いっぱんてき)な普通(ふつう)の人(ひと)」たちとは違う(ちがう)考え(かんがえ)をもった人(ひと)としてみていました。ですが映像(えいぞう)や授業(じゅぎょう)を通し(とおし)て人(ひと)は「ちがい」をもっているのは当たり前(あたりまえ)のことでもっていることが個性(こせい)だと思い(おもい)ました。好き(すき)な科目(かもく)、食べ物(たべもの)が違う(ちがう)ように人(ひと)それぞれちがうのが当然(とうぜん)のことだとわかりました。ひとそれぞれの差異(さい)を素直(すなお)に受け入れる(うけいれる)社会(しゃかい)になればいいと思い(おもい)ました。

◆最初(さいしょ)は気持ち悪い(きもちわるい)と思っ(おもっ)ていましたがこうした学習(がくしゅう)をすることで理解(りかい)ができた。今(いま)では同じ(おなじ)性(せい)同士(どうし)結婚(けっこん)できる国(くに)もありますが日本(にほん)は差別(さべつ)が多い(おおい)ので今後(こんご)差別(さべつ)のない社会(しゃかい)になってほしい。

◆なんの考え(かんがえ)もなしに「ホモ」や「オカマ」などつかって言葉(ことば)にしていたので、気(き)をつけようと思い(おもい)ました。

【高級(こうきゅう)部(ぶ)1・2・3年生(ねんせい)】

◆自分(じぶん)のバイト先(さき)にもセクシュアル・マイノリティの人(ひと)がいて別に(べつに)悪い(わるい)印象(いんしょう)はなくそういう人(ひと)だからといって近く(ちかく)に行か(いか)ないなど考え(かんがえ)ずむしろもっと仲良く(なかよく)なりたいという気持ち(きもち)を持っ(もっ)ていました。映像(えいぞう)をみてはじめてトランスジェンダーという性(せい)を具体的(ぐたいてき)にひとつの知識(ちしき)として知る(しる)ことができました。人(ひと)と人(ひと)が違う(ちがう)のは当然(とうぜん)なことで自分(じぶん)たちも差別(さべつ)を受け(うけ)ている者(もの)としてそのちがいというものを尊重(そんちょう)して受け入れる(うけいれる)ことが重要(じゅうよう)で、この社会(しゃかい)に必要(ひつよう)なものだと考え(かんがえ)ました。

◆セクシュアル・マイノリティの人(ひと)たちについては携帯(けいたい)電話(でんわ)などを通し(とおし)てある程度(あるていど)知っ(しっ)ていたし、世(よ)の中(なか)は人(ひと)によって違う(ちがう)しその人(ひと)自身(じしん)がよければよいと思っ(おもっ)ていたので抵抗(ていこう)はありませんでした。ですが、今回(こんかい)の授業(じゅぎょう)で「ホモ」「レズ」などの言葉(ことば)は差別(さべつ)になるということを聞き(きき)、はじめて知っ(しっ)たし、気(き)をつけなければと思い(おもい)ました。

◆これまではセクシュアル・マイノリティの人(ひと)たちを批判(ひはん)などはしていませんでしたが、普通(ふつう)とは違う(ちがう)という考え(かんがえ)でしたが、普通(ふつう)の性別(せいべつ)のようなものはなく、人(ひと)それぞれ違う(ちがう)しセクシュアル・マイノリティたちは本当(ほんとう)にたくさん悩ん(なやん)でいるということを知っ(しっ)た。また、差別(さべつ)用語(ようご)を普通(ふつう)に使っ(つかっ)ていたので、自分(じぶん)はなんの考え(かんがえ)もなしに使っ(つかっ)ていても言わ(いわ)れた人(ひと)にとっては苦悩(くのう)の種(たね)になると知っ(しっ)たのでこれからは気(き)をつけようと思っ(おもっ)た。

◆セクシュアル・マイノリティの人(ひと)にも色々(いろいろ)な種類(しゅるい)のひとたちがおり、その人(ひと)達(たち)がこれまで社会(しゃかい)になかったなにかを発展(はってん)させられるのではないかと感じ(かんじ)ました。

◆もし近く(ちかく)に当事者(とうじしゃ)がいたら、寄り添(よりそ)える存在(そんざい)になりたいと感じ(かんじ)ました。

◆これまでは軽い(かるい)気持ち(きもち)で「おまえゲイだろ」「ホモかよ」などの言葉(ことば)を冗談(じょうだん)として無意識的(むいしきてき)に言っ(いっ)てしまっていましたが、授業(じゅぎょう)を通し(とおし)て自分(じぶん)が毎日(まいにち)接し(せっし)ている友達(ともだち)のなかにもそういった悩み(なやみ)を抱え(かかえ)ている人(ひと)がいるかもしれないと思う(おもう)と、そういう無意識的(むいしきてき)に言っ(いっ)てしまう癖(くせ)をなおさなければいけないし、他人(たにん)がどう感じ(かんじ)どう受け止める(うけとめる)かを考え(かんがえ)ながら話さ(はなさ)なければならないと感じ(かんじ)ました。

◆これまではセクシュアル・マイノリティのひとたちは自分(じぶん)の性(せい)を隠し(かくし)て自分(じぶん)の性(せい)をコンプレックスに感じ(かんじ)ている人(ひと)が多い(おおい)のではないかと思っ(おもっ)ていましたが、そのなかでも映像(えいぞう)の人(ひと)たちのように友達(ともだち)や家族(かぞく)に言っ(いっ)たり自信(じしん)をもって生き(いき)ている人(ひと)もいるということがわかった。やはり周り(まわり)にいる友達(ともだち)や家族(かぞく)の協力(きょうりょく)がとても重要(じゅうよう)だということがわかった。

◆これまでは自分(じぶん)がみる見た目(みため)だけで自分(じぶん)のなかでこの人(ひと)は男(おとこ)だ、女(おんな)だと勝手(かって)に決め(きめ)ていましたが、本当(ほんとう)に悩ん(なやん)でいる人(ひと)もいるのでそういうのはよくないとわかりました。

◆これまでSNS上(うえ)で性差別(せいさべつ)に関する(かんする)ことはみたことがありましたが、あまり深く(ふかく)考え(かんがえ)たことがなかったので今日(きょう)こうして知る(しる)ことができ良かっ(よかっ)たです。性(せい)にたいする苦悩(くのう)をもった人(ひと)たちに対する(たいする)いじめや、自殺(じさつ)の比(ひ)率(りつ)が高く(たかく)まだ偏見(へんけん)があるという現実(げんじつ)を変え(かえ)たいと感じ(かんじ)ました。

◆言葉(ことば)は聞い(きい)たことはあるけれど、わからないことがたくさんあったので今日(きょう)授業(じゅぎょう)を受ける(うける)ことができて本当(ほんとう)に良かっ(よかっ)たです。今回(こんかい)は性(せい)に関し(かんし)て授業(じゅぎょう)を受け(うけ)ましたが、これ以外(いがい)にも差別(さべつ)は多く(おおく)あると思い(おもい)ますし、私(わたし)たちが受け(うけ)ている差別(さべつ)もまさしくそのひとつだと思い(おもい)ます。色々(いろいろ)な差別(さべつ)に対し(たいし)てもっと知り(しり)、知識(ちしき)を増やし(ふやし)て行動(こうどう)するようにしたいと思い(おもい)ます。

◆多様性(たようせい)をもつ人(ひと)たちにたいしての偏見(へんけん)、それによる差別(さべつ)があるということを聞き(きき)心(こころ)が痛かっ(いたかっ)たですし、自分(じぶん)はそうしてないかを確認(かくにん)するようになりました。今後(こんご)もこういう学習(がくしゅう)をしたいと思い(おもい)ました。

◆世間(せけん)一般(いっぱん)的(てき)な「普通(ふつう)」にとらわれずに、一人ひとり(ひとりひとり)ちがうっていうことを認識(にんしき)していこうと思い(おもい)ました。

◆セクシュアル・マイノリティの人(ひと)を周り(まわり)の人(ひと)達(たち)がどう受け入れる(うけいれる)かが大事(だいじ)だし、その人(ひと)の力(ちから)になって一緒に(いっしょに)悩み(なやみ)を解決(かいけつ)することが大切(たいせつ)だと思い(おもい)ました。

◆自分(じぶん)たちが受け(うけ)ている差別(さべつ)とはちがった差別(さべつ)を受け(うけ)ているLGBTの人(ひと)たちへの理解(りかい)がもっと広がら(ひろがら)なければいけないと思っ(おもっ)た。

◆多く(おおく)のことを知る(しる)ことができたし、自身(じしん)を振り返る(ふりかえる)ことができました。今後(こんご)そうした差別(さべつ)のない社会(しゃかい)になればいいと思い(おもい)ます。人間(にんげん)は性別(せいべつ)に関係なく(かんけいなく)、その人(ひと)をよく見(み)なければならないと感じ(かんじ)ました。

◆この授業(じゅぎょう)を通じ(つうじ)、自分(じぶん)は思っ(おもっ)たよりもセクシュアル・マイノリティの人(ひと)に対し(たいし)て偏見(へんけん)を持っ(もっ)ていたと気づき(きづき)、それなのに差別(さべつ)がない社会(しゃかい)を作ろ(つくろ)うとしていたのは間違っ(まちがっ)ていると思い(おもい)ました。