本部会の教材を使った性の多様性に関する授業が行われました@九州朝鮮中高級学校


** ふたつめは かんじ なし **

【本部会の教材を使って性の多様性に関する授業が行われました!】

2020年12月12日、九州朝鮮中高級学校の中級部1~3年生を対象に、九州人権協会が性の多様性についての出張授業を行いました。授業は、本部会が作った授業案と教材を使用して行われ、朴憲浩さん(九州人権協会事務局長)が講師を務められました。

以下、生徒たちの感想文をご紹介することで簡単なご報告としたいと思います。

【中学1年生】

◆前まではセクシュアルマイノリティの人を変な人とか思ったり、公平に接せなかったり、そんな人を笑ったりしてしまっていたけど、今日この授業を通して今まで知らなかったセクシュアルマイノリティの人がどう思っているのかわかった。これから外見や見た目で判断したら行けないと思い、いろいろ差別もしたらいけないと思った。

◆前までは差別用語などを普通に生活などで使う時があったので映像を見て次からはこの用語を使わないようにしたいと思った。そしてこの世の中はこういう人たちを差別して最悪と思った。

◆性別がきっかけでいじめが起きないように相手がどういう人なのかを話し合える友達関係になり、差別がない平和な社会にしたい。もし、セクシュアルマイノリティについていじめがあったら、自分から助けに行って差別のない平和な社会にしたい。

【中学2年生】

◆アライグマの性別に対する質問でサッカーをしているのは男の子、花を好きだから女の子、と自分が気付かないうちにそのような考えを持っていたことが恥ずかしかったし、そんな固定観念は捨てないといけないと思った。

◆今まで軽い気持ちでホモやオカマなどの言葉を使っていたが、それが差別用語であることに衝撃を受けた。高校無償化問題でなぜ朝鮮人だけを差別するのかと思っていたが、自分も気づかないうちにセクシュアルマイノリティの人を差別していたことに気づいた。映像で見た人たちのようにいろんな性があるということを知ることが出来たし堂々と生きている映像の人たちはすごいなと思った。自分らしく生きてもいいんだと感じた。一日でも早く差別のない世界を作りたいと思った。

◆誰が誰を好きになり、見た目と違う性で生きても、誰にも被害は及ばないし人は人だから生きていくにおいて当たり前なことなんてないと思いました。そして自分の心を隠して生きていく必要なんてないし、おかしい、恥ずかしい、気持ち悪いなどと言うことは本当にダメなことだと思いました。人と少し違うところがあっても今までと変わることはないしみんな自分だから自由に生きていいと思いました。

◆セクシュアルマイノリティの人たちが映像の中で自信をもって発言していた姿がすごくかっこよかったです。生まれたときから性別というものはあるけど自分の性別に満足する人もいるしそうではない人もいて、そのことをみんなが理解して接することが出来る社会になればいいなと思いました。

【中学3年生】

◆セクシュアルマイノリティを差別するのではなく理解して受け入れられる人にならないといけないと思いました。

◆この世界にいろんな性別の人がいることを聞いて驚きました。また、20~30人に1人ということを聞いてもしかしたらハッキョにもそういう人がいる可能性もあることを知りました。

◆多様性のある平等ないい社会になればいいなと思いました。

◆今まではセクシュアルマイノリティの人に対して自分自身が差別的な考えを持っていた気がします。ですがこの映像を見てこの世界にはみんなが同じではないし、人それぞれ違うことを知れました。自分の今までの考えは少し間違っていたことが多かったと思えました。

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【ほんぶかいの きょうざいを つかって せいの たようせいに かんする じゅぎょうが おこなわれました!】

2020ねん 12がつ 12にち、きゅうしゅう ちょうせん ちゅうこうきゅう がっこうの ちゅうきゅうぶ 1~3ねんせいを たいしょうに、きゅうしゅう じんけんきょうかいが せいの たようせいに ついての しゅっちょう じゅぎょうを おこないました。じゅぎょうは、ほんぶかいが つくった じゅぎょうあんと きょうざいを しようして おこなわれ、ぱくほのさん(きゅうしゅうじんけんきょうかい じむきょくちょう)が こうしを つとめられました。

いか、せいとたちの かんそうぶんを ごしょうかい する ことで かんたんな ごほうこくと したいと おもいます。

【ちゅうがく 1ねんせい】

◆まえまでは セクシュアルマイノリティの ひとを へんな ひととか おもったり、こうへいに せっせなかったり、そんな ひとを わらったり してしまっていたけど、きょう この じゅぎょうを とおして いままで しらなかった セクシュアルマイノリティの ひとが どう おもっているのか わかった。これから がいけんや みためで はんだん したら いけないと おもい、いろいろ さべつも したら いけないとおもった。

◆まえまでは さべつようごなどを ふつうに せいかつ などで つかう ときが あったので えいぞうを みて つぎからは この ようごを つかわない ように したいと おもった。そして この よの なかは こういう ひとたちを さべつ して さいあくと おもった。

◆せいべつが きっかけで いじめが おきない ように あいてが どういう ひとなのかを はなしあえる ともだち かんけいに なり、さべつが ない へいわな  しゃかいに したい。もし、セクシュアルマイノリティに ついて いじめが あったら、じぶんから たすけに いって さべつの ない へいわな しゃかいに したい。

【ちゅうがく 2ねんせい】

◆アライグマの せいべつに たいする しつもんで サッカーを しているのは おとこのこ、はなを すきだから おんなのこ、と じぶんが きづかない うちに そのような かんがえを もっていた ことが はずかしかったし、そんな こていかんねんは すてないと いけないと おもった。

◆いままで かるい きもちで ホモや オカマなどの ことばを つかっていたが、それが さべつようごで ある ことに しょうげきを うけた。こうこう むしょうか もんだいで なぜ ちょうせんじんだけを さべつするのかと おもっていたが、じぶんも きづかない うちに セクシュアルマイノリティの ひとを さべつ していたことに きづいた。えいぞうで みた ひとたちの ように いろんな せいが あると いうことを しることが できたし どうどうと いきている えいぞうの ひとたちは すごいなと おもった。じぶんらしく いきても いいんだと かんじた。いちにちでも はやく さべつの ない せかいを つくりたいと おもった。

◆だれが だれを すきに なり、みためと ちがう せいで いきても、だれにも ひがいは およばないし ひとは ひとだから いきていくに おいて あたりまえな ことなんて ないと おもいました。そして じぶんの こころを かくして いきていく ひつよう なんて ないし、おかしい、はずかしい、きもちわるい などと いうことは ほんとうに ダメな ことだと おもいました。ひとと すこし ちがう ところが あっても いままでと かわることは ないし みんな じぶんだから じゆうに いきていいと おもいました。

◆セクシュアルマイノリティの ひとたちが えいぞうの なかで じしんを もってはつげん していた すがたが すごく かっこよかったです。うまれた ときから せいべつと いうものは あるけど じぶんの せいべつに まんぞく する ひとも いるし そうでは ない ひとも いて、そのことを みんなが りかいして せっする ことが できる しゃかいに なれば いいなと おもいました。

【ちゅうがく 3ねんせい】

◆セクシュアルマイノリティを さべつ するのでは なく りかい して うけいれられる ひとに ならないと いけないと おもいました。

◆この せかいに いろんな せいべつの ひとが いる ことを きいて おどろきました。また、20~30にんに ひとりと いうことを きいて もしかしたら ハッキョにも そういう ひとが いる かのうせいも あることを しりました。

◆たようせいの ある びょうどうな いい しゃかいに なれば いいなと おもいました。

◆いままでは セクシュアルマイノリティの ひとに たいして じぶんじしんが さべつてきな かんがえを もっていた きが します。ですが この えいぞうを みて この せかいには みんなが おなじでは ないし、ひと それぞれ ちがう ことを しれました。じぶんの いままでの かんがえは すこし まちがって いた ことが  おおかったと おもえました。