東京朝鮮中高級学校にて出張授業を行いました!(2025.11.8)

** ふたつめは かんじ なし **

【2025年11月8日、東京朝鮮中高級学校中級部1・2・3年生を対象に、特別授業を行いました】

中1:『人権を尊重しよう』 講師:宋恵淑(在日本朝鮮人人権協会事務局)

中2:『多様な性について考えよう』 講師:李るいさん(千葉朝青イルクン、在日本朝鮮人人権協会会員)

中3:『「女だから…」「男なのに…」から自由になるには? ジェンダー規範について考えてみよう』 講師:李玲実さん(朝鮮大学校教員、在日本朝鮮人人権協会会員)

以下、生徒たちの感想を紹介することで簡単なご報告といたします。

【中1】

●弱い立場におかれている人を基準に考えること、人権が尊重されていない状況に接した際には「そんなことしてはいけない」と声をあげなくてはならない、ということを学びました

●世界には人権が尊重されている人もいれば、そうでない人もいる。なぜ差別される人がいるのか…知りたいと思いました。

●自分のこれまでの言動をふりかえり、自分の行動によって心を痛めてしまう子、嫌な思いをする子、困難を感じる子がいないか、日常的によく考えて行動しようと思いました。

【中2】

●男性が男性を好きになることや女性が女性を好きになることは、悪いことではないけど、トンムや家族にそれを言うのは難しいことだと思いました。私はそんなトンムを受け入れられるような人になりたいです。

●(ホモネタやオカマネタなどで)人を見下すようなことをしている人が周りにいたら、注意をすること。なによりもまずは不快になるような言葉を使わないようにしたいし、カミングアウトされたら誠意をもって接したいです。

●ホモなどの差別的な言葉を絶対に使ってはいけないことを学んだし、そのような言葉があらわれる環境も良くないし、そのことを認識できる理解力も育てていかねばならないと思いました。

●自分と性的指向などが違っていても変なことでもないし、特別なことでもないと感じました。もしもトンムがカミングアウトをしてくれた時は、自分が信頼を受けていると考えて行動しなければならないと思いました。男性、女性などの性別関係なく、トンムや周りの人たちを大切にしなければならないと思いました。

【中3】

●人の性はとても多様で、人の性を笑ったりからかったりしては決してならないと強く思いました。そして、自分の言葉や反応で人を傷つけたり嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないということ、また、シスジェンダーだから「普通」というのも間違っているということを学び、気を付けようと思いました。

●今日の授業を通して、性は2つだけでなく多様であることを知りました。もし自分のトンムが性について悩んでいたなら、話を聞いてあげたいし、そのトンムが私に言いたい、言っても大丈夫だと思えるような人になりたいです。私の軽率な言葉で相手を傷つけないように、言葉に気を付けようと思いました。

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【 11/8(ど)に、とうきょう ちょうせん ちゅうこうきゅうがっこう ちゅうきゅうぶいち・に・さんねんせいを たいしょうに、とくべつ じゅぎょうを おこないました】

ちゅういち:『じんけんを そんちょうしよう』 こうし:そん へすっ(ざいにほんちょうせんじん じんけんきょうかい じむきょく)
ちゅうに:『たような せいに ついて かんがえよう』 こうし:りるい さん(ちば ちょちょん いるくん、ざいにほんちょうせんじん じんけんきょうかい かいいん)
ちゅうさん:『「おんなだから…」「おとこなのに…」から じゆうに なるには? じぇんだーきはんについて かんがえてみよう』 こうし:り りょんしる さん(ちょうせんだいがっこう きょういん、ざいにほん ちょうせんじん じんけんきょうかい かいいん)
いか、せいとたちの かんそうを しょうかい する ことで かんたんな ごほうこくと いたします。

【ちゅう いち】
●よわい たちばに おかれている ひとを きじゅんに かんがえること、じんけんが そんちょう されていない じょうきょうに せっした さいには「そんなこと しては いけない」と こえを あげなくては ならない、ということを まなびました
●せかいには じんけんが そんちょう されている ひとも いれば、そうでない ひとも いる。なぜ さべつ される ひとが いるのか…しりたいと おもいました。
●じぶんの これまでの げんどうを ふりかえり、じぶんの こうどうに よって こころを いためてしまう こ、いやな おもいを する こ、こんなんを かんじる こが いないか、にちじょうてきに よく かんがえて こうどう しようと おもいました。

【ちゅう に】
●だんせいが だんせいを すきに なる ことや じょせいが じょせいを すきに なることは、わるい ことでは ないけど、とんむや かぞくに それを いうのは むずかしい ことだと おもいました。わたしは そんな とんむを うけいれられる ような ひとになりたいです。
●(ほもねたや おかまねたなどで)ひとを みくだす ような ことを している ひとが まわりに いたら、ちゅういを する こと。なによりも まずは ふかいに なるような ことばを つかわないように したいし、かみんぐあうと されたら せいいを もって せっしたいです。
●ほもなどの さべつてきな ことばを ぜったいに つかっては いけない ことを まなんだし、そのような ことばが あらわれる かんきょうも よくないし、そのことを にんしき できる りかいりょくも そだてて いかねば ならないと おもいました。
●じぶんと せいてきしこうなどが ちがっていても へんなことでも ないし、とくべつな ことでも ないと かんじました。もしも とんむが かみんぐあうとを してくれたときは、じぶんが しんらいを うけていると かんがえて こうどう しなければ ならないと おもいました。だんせい、じょせいなどの せいべつ かんけい なく、とんむや まわりの ひとたちを たいせつに しなければ ならないと おもいました。
【ちゅう さん】
●ひとの せいは とても たようで、ひとの せいを わらったり からかったり しては けっして ならないと つよく おもいました。そして、じぶんの ことばや はんのうで ひとを きずつけたり いやな きもちに させてしまうかも しれないと いうこと、また、しすじぇんだーだから 「ふつう」というのも まちがっていると いうことを まなび、きをつけようと おもいました。
●きょうの じゅぎょうを とおして、せいは ふたつだけでなく たようで あることを しりました。もし じぶんの とんむが せいについて なやんでいたなら、はなしを きいて あげたいし、その とんむが わたしに いいたい、いっても だいじょうぶだと おもえる ような ひとに なりたいです。わたしの けいそつな ことばで あいてを きずつけないように、ことばに きをつけようと おもいました。

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