【エッセイ・私たちの声】初めからただ人間だけがいた


  「奴隷が何か言っているわ」「慰安婦が何か言っているわ」「偏った一部の人が言っているだけでしょ」・・・。

  歴史上、「奴隷制度」があったということは、「奴隷」がいたということなのだろうか。「日本軍性奴隷制度」があったということは、あるいは、「性奴隷」や「慰安婦」がいたということなのだろうか―。

 制度は人間を規定する。しばしばそれらの制度は人間と人間との間に権力をめぐる線引きをする。制度は人間すべてを一つの制度のもとに置くのではなく、人間を部分と部分とに切り分ける。

 人間が制度を規定するわけではない。「奴隷」がいたがために「奴隷制度」が出現したのでなく、「性奴隷」がいたがために「日本軍性奴隷制度」が出現したのではない。この説明の順序が正しいとすれば、「奴隷制度」こそが人間の部分を奴隷状態に置き、「性奴隷制度」こそが人間の部分を性奴隷状態に置いたのである。

 このとき、「奴隷制度」は奴隷状態に置いた人間を「奴隷」という名前ででっち上げ、欺いた。「性奴隷制度」は性奴隷状態に置いた人間を「性奴隷」や「慰安婦」という名前でやはりでっち上げ欺いた。

 確かに人間が制度を直接的に規定するわけではない。だが、歴史上「奴隷」がいたというまやかしを私たちが信じることは、「奴隷制度」に間接的に事実性を与える。同様に、「性奴隷」や「慰安婦」がいたという見方を取ることは「性奴隷制度」に事実性を与える。

 そして何より「奴隷」がいたというまやかしを信じることは、人間と人間との間の力の線引きを信じることだ。「人間」と「非人間的人間」、「人間」と「差別を受けて構わない人間」、「人間」と「偏った一部の人間」という線引きを信じることだ。

 これは制度の問題ではなく、人間の問題である。人間の線引きを信じる者にとっては、「奴隷」は実体として信じられる。人間の線引きを信じない者にとっては、「奴隷」は実体ではありえない。

 「奴隷制度」、あるいは「性奴隷制度」は、歴史上公式・非公式に存在した。人間の部分を非人間化し、人間が人間を搾取する荒唐無稽なそれらの制度を真に受けないためには、歴史書そのものを批判的に読まないといけない。歴史書は「奴隷が売買された」ではなく「人間が売買された」と必ず書かれなければならない。

 私の答えは―。

 「歴史上、『奴隷制度』があったということは、『奴隷』が実体として存在したということではない。奴隷状態に置かれた被害者がいた。かれらは初めから最後まで人間であった。『日本軍性奴隷制度』はあった。『性奴隷』や『慰安婦』が実体として存在したわけではなかった。かれらは被害者であり、人間であった。侵害された人権が人間の名によって回復されなければならない」。

 最後に次の言葉を共有しよう―。

“To be a slave was to be a human being under conditions in which that humanity was denied. They were not slaves. They were people. Their condition was slavery.” (Julius Lester) 

 「奴隷であるとは、人間性が拒まれている条件のもとで、人間であるということだ。かれらは、奴隷ではなかった。かれらは、人々であった。かれらの置かれた条件が、奴隷制度であったのだ。」(今は北米大陸にいる作家ジュリアス・レスターの言葉、1968年)

(鄭祐宗●大谷大学文学部国際文化学科講師 ※イオ掲載版をもとに加筆修正)

●月刊イオ2017年4月号に掲載

illustration_宋明樺

 


 「どれいが なにかいっているわ」「いあんふが なにかいっているわ」「かたよった いちぶのひとが いっているだけでしょ」・・・。

 れきしじょう、「どれいせいど」があったということは、「どれい」が いたということなのだろうか。「にほんぐんせいどれいせいど」が あったということは、あるいは、「せいどれい」や「いあんふ」が いたということなのだろうかー。

 せいどは にんげんを きていする。しばしば それらのせいどは にんげんと にんげんとのあいだに けんりょくをめぐる せんびきをする。せいどは にんげんすべてを ひとつのせいどのもとに おくのではなく、にんげんを ぶぶんと ぶぶんとに きりわける。

 にんげんが せいどを きていするわけではない。「どれい」が いたがために「どれいせいど」が しゅつげんしたのでなく、「せいどれい」が いたがために「にほんぐんせいどれいせいど」が しゅつげんしたのではない。このせつめいの じゅんじょが ただしいとすれば、「どれいせいど」こそが にんげんの ぶぶんを どれいじょうたいに おき、「せいどれいせいど」こそが にんげんの ぶぶんを せいどれいじょうたいに おいたのである。

 このとき、「どれいせいど」は どれいじょうたいにおいた にんげんを「どれい」という なまえで でっちあげ、あざむいた。「せいどれいせいど」は せいどれいじょうたいにおいた にんげんを「せいどれい」や「いあんふ」という なまえで やはり でっちあげ あざむいた。

 たしかに にんげんが せいどを ちょくせつてきに きていするわけではない。だが、れきしじょう「どれい」が いたという まやかしを わたしたちが しんじることは、「どれいせいど」に かんせつてきに じじつせいを あたえる。どうように、「せいどれい」や「いあんふ」が いたという みかたをとることは「せいどれいせいど」に じじつせいを あたえる。

 そしてなにより「どれい」が いたという まやかしを しんじることは、にんげんと にんげんとの あいだのちからの せんびきを しんじることだ。「にんげん」と「ひ にんげんてきにんげん」、「にんげん」と「さべつをうけて かまわないにんげん」、「にんげん」と「かたよった いちぶのにんげん」という せんびきを しんじることだ。

 これは せいどのもんだいではなく、にんげんのもんだいである。にんげんの せんびきを しんじるものにとっては、「どれい」は じったいとして しんじられる。にんげんの せんびきを しんじないものにとっては、「どれい」は じったいではありえない。

 「どれいせいど」、あるいは「せいどれいせいど」は、れきしじょう こうしき・ひこうしきに そんざいした。にんげんの ぶぶんを ひ にんげんかし、にんげんが にんげんを さくしゅする こうとうむけいな それらのせいどを まにうけないためには、れきししょそのものを ひはんてきに よまないといけない。れきししょは「どれいが ばいばいされた」ではなく「にんげんが ばいばいされた」と かならず かかなければならない。

 わたしの こたえはー。

 「れきしじょう、『どれいせいど』があったということは、『どれい』が じったいとして そんざいしたということではない。どれいじょうたいにおかれた ひがいしゃがいた。かれらは はじめからさいごまで にんげんであった。『にほんぐんせいどれいせいど』は あった。『せいどれい』や『いあんふ』が じったいとして そんざいしたわけではなかった。かれらは ひがいしゃであり、にんげんであった。しんがいされたじんけんが にんげんの なによって かいふくされなければならない」。

 さいごに つぎのことばを きょうゆうしよう―。

“To be a slave was to be a human being under conditions in which that humanity was denied. They were not slaves. They were people. Their condition was slavery.” (Julius Lester) 

 「どれいであるとは、にんげんせいが こばまれている じょうけんのもとで、にんげんであるということだ。かれらは、どれいではなかった。かれらは、ひとびとであった。かれらの おかれたじょうけんが、どれいせいどであったのだ。」(いまは ほくべいたいりくにいる さっか じゅりあす・れすたーのことば、1968ねん)

(ちょん・うじょん●おおたにだいがく ぶんがくぶ こくさいぶんかがっか こうし ※いおけいさいばんを もとに かひつしゅうせい)

●げっかんいお2017ねん4がつごうにけいさい

illustration_そんみょんふぁ